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大阪地方裁判所 平成2年(行ウ)98号 判決 1992年1月24日

原告

甲野一郎

被告

右代表者法務大臣

田原隆

被告

大阪拘置所長

田中清治

右両名訴訟代理人弁護士

松本佳典

右両名指定代理人

中村正幸

外三名

被告大阪拘置所長田中清治指定代理人

藤田公彦

主文

一  被告大阪拘置所長が平成二年六月一四日原告に対してなした、一部の抹消及び削除に同意することを解除条件とする、図書「日本死刑白書」の閲読を全部不許可とする処分、同被告が同年七月一〇日原告に対してなした、一部の抹消に同意することを解除条件とする、図書「鉄窓の花びら」の閲読を全部不許可とする処分、同被告が同年一〇月三一日原告に対してなした、一部の抹消に同意することを解除条件とする、図書「死刑廃止を考える」の閲読を全部不許可とする処分は、いずれもこれを取り消す。

二  被告国は原告に対し、三五万円及びうち三〇万円に対する平成二年七月一〇日から、うち五万円に対する同年一〇月三一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告国に対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用のうち、原告と被告大阪拘置所長との間に生じたものは、全部同被告の負担とし、原告と被告国との間に生じたものは、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を同被告の負担とする。

事実

第一  請求の趣旨

一  主文一項同旨。

二  被告国は原告に対し、一〇五万円及びうち一〇〇万円に対する平成二年七月一〇日から、うち五万円に対する同年一〇月三一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  仮執行宣言。

第二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

三  仮執行免脱宣言。

第三  請求原因

一  原告は、昭和五七年六月一九日より大阪拘置所(以下「拘置所」ということがある。)に勾留されている強盗殺人等被告事件の被告人であり、右強盗殺人等被告事件(以下「本件被告事件」という。)につき、一、二審で死刑判決を受け、現在、強盗殺人罪は無罪であると主張して、本件被告事件につき上告中の者である。

二  不許可処分の存在

1  原告は、平成二年五月一六日、大阪拘置所教育課長に対し、上告趣意書の作成に際し、憲法違反の論証のための参考資料として図書「日本死刑白書」(前坂俊之著、三一書房発行、一六〇〇円、以下「本件①図書」ともいう。)及び同「鉄窓の花びら」(高橋良雄著、三一書房発行、一八〇〇円、以下「本件②図書」ともいう。)の二冊の図書を購入するので、抹消等をしないようにと面接して申し入れたうえ、右二冊の図書を購入ないし差し入れによって取得した。

2  原告が、同年五月三一日、本件①図書を閲読するためその仮出し願いを提出したところ、被告大阪拘置所長田中清治(以下「被告所長」という。)は、同年六月一四日、原告に対し、右図書のうち一二ヵ所八一行の抹消及び二頁の削除に応じなければ、右図書の閲読を不許可とする旨告知した。同日、原告は被告所長に対し、右抹消及び削除には応じられない旨回答した。

3  原告が、同年六月二一日本件②図書を閲読するためその仮出し願いを提出したところ、被告所長は、同年七月一〇日、原告に対し、右図書のうち八ヵ所三三行の抹消に応じなければ、右図書の閲読を不許可とする旨告知した。同日、原告は被告所長に対し、右抹消には応じられない旨回答した。

4  原告は、上告趣意書作成の参考資料とする目的で、図書「死刑廃止を考える」(菊田幸一著、岩波書店発行、三一〇円、以下「本件③図書」ともいう。)を購入し、同年一〇月一五日、右図書を閲読するためにその仮出し願いを提出したところ、被告所長は、同年一〇月三一日、原告に対し、右図書のうち四ヵ所一六行の抹消に応じなければ、右図書の閲読を不許可とする旨告知した(なお、原告主張の事実関係によれば、右の告知及び前記2、3の告知にかかる各処分は、いずれも、①一部の抹消ないし削除に応ずることを停止条件とする、右抹消ないし削除の対象とされた部分以外の部分の閲読許可処分と、②一部の抹消ないし削除に応ずることを解除条件とする、当該図書全部の閲読不許可処分とが複合した処分と理解される。そして、原告が違法と主張してその効力を争っているのは、右複合処分のうち、右②の解除条件付不許可処分と理解される。前記各処分(複合処分)のうち、各解除条件付不許可処分を、以下「本件各不許可処分」という。)。同日、原告は被告所長に対し、右抹消には応じられない旨回答した。

三  本件各不許可処分の違法性

1  憲法は、すべての国民に対し、思想・良心の自由、表現の自由、学問の自由、それらを統括するものとしての「知る権利」を保障し、その基礎として閲読の自由を保障している。したがって、未決囚として拘禁されている原告にも原則として閲読の自由は保障されているのであり、これを制限することができるのは、当該図書等の閲読を許すことにより、逃亡又は罪証隠滅のおそれが生じたり、監獄内の規律及び秩序の維持に障害が生じる相当の理由がある場合に限られるというべきである。

ところが、本件①ないし③図書のうち、被告所長が抹消ないし削除の対象として原告に告知した部分(以下「本件閲読制限部分」という。)の閲読を原告に許しても、逃亡又は罪証隠滅のおそれが生じたり、監獄内の規律及び秩序の維持に障害が生じるおそれは全くない。このことは、勾留開始後今日までの九年半にわたり、原告に規律違反や反抗・口論等のトラブルが一切ないことからも明らかである。したがって、本件各不許可処分は、憲法が保障する閲読の自由を侵害するものとして違法である。

2  原告は、上告趣意書において、死刑が憲法三六条の残虐な刑罰にあたること等を論証しようとしていた。ところが、本件各不許可処分によって、右論証を尽くすことができなくなった。したがって、本件各不許可処分は、刑事裁判における原告の防御権を著しく侵害する違法な処分である。

3  本件各図書の削除ないし抹消は、原告の財産権を侵害するものとして違法である。

4  本件各不許可処分の根拠とされる監獄法三一条二項は、閲読の自由という精神的自由にかかわる基本的人権の制限の一切を一般的・包括的に命令に委任しているから違憲であり、右違憲・無効の法律に基づく本件各不許可処分は当然に違法である。

四  被告国の責任

被告所長は、大阪拘置所長として国の公権力の行使にあたっていた公務員であり、この者の故意あるいは過失に基づく違法な本件各不許可処分によって、原告は後記のとおりの損害を被ったのであるから、被告国は、国家賠償法一条一項の規定により賠償義務を負う。

五  損害

原告は、本件各不許可処分により、知る権利、学問の自由、公正な裁判を受ける権利等を侵害された。右侵害により原告の被った精神的苦痛は大きく、これを慰謝するには、本件①、②図書の不許可処分にかかる損害については一〇〇万円を、本件③図書の不許可処分にかかる損害については五万円をもってするのが相当である。

六  よって、原告は、本件各不許可処分の取消を求めるとともに、被告国に対し、国家賠償法一条一項所定の損害賠償として、一〇五万円及びうち一〇〇万円に対する不法行為の日(本件①図書にかかる不許可処分の関係では不法行為の後の日)である平成二年七月一〇日から、うち五万円に対する不法行為の日である平成二年一〇月三一日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四  請求原因に対する被告らの認否

一  請求原因一のうち、本件被告事件における原告の主張内容は知らないが、その余は認める。

二  同二1のうち、原告が事前に本件①、②図書の使用目的を申し出たとの点は否認し、その余は認める。

同二2、3は認める。

同二4のうち、本件③図書に関する原告の使用目的は知らないが、その余は認める。

三  同三1の前段の主張は認める。同後段の事実のうち、勾留開始後現在まで、原告に規律違反等の処分歴がないことは認めるが、その余は争う。

同三2は不知ないし争う。

同三3及び4の主張は争う。

四  同四のうち、本件各不許可処分が被告所長の権限に基づきなされたことは認め、その余は争う。

五  同五は否認する。

第五  被告らの主張

一  閲読の自由に対する侵害の主張について

1  本件閲読制限部分の内容

本件閲読制限部分の主たる内容は、①死刑囚の死刑執行に至るまでの心情の変化及び執行時の言動、②死刑執行の手順、③絞首から死に至るまでの経過及び死亡後の死体の状況、④絞首台、絞首用ロープ及び刑場霊安室のグラビア及び解説、⑤自殺や発火等の規律違反の手段、方法及び職員の監視の間隙をつく手段などであって、いずれも詳細かつ具体的に記述されている。

2  原告の動静及び心情の変化等

原告は、大阪拘置所入監以後において、時期程度の差はあるものの、死刑判決に対する強い不安・焦慮の念を示し続けているものであり、とくに死刑の求刑を受けた後である昭和六〇年四月二六日ころからは、幻聴等を訴えるようになり、同年五月二日、精神科受診の結果、投薬を受けるに至り、その後も「自分の左側の脳に何か異常がある。」等と申し出るなど、不定期に幻聴・幻視を訴え、これまでに五回にわたり精神科の診察を受けている。また、昭和六〇年七月二二日に第一審死刑判決の宣告を受けた際には食事もとれないほどの激しい動揺を示し、また、平成元年一〇月一一日の控訴棄却の判決の際にも家族との面会において涙を流すなどの動揺を示した。

さらに、第一審死刑判決以後は、死刑判決を受けた他の在監者や死刑廃止を訴える団体等との交流を活発に行うようになり、自ら死刑廃止を強く訴えるとともに、拘置所の処遇についての不満をあらわにするなど、死刑判決を受けたことによる死への恐怖と生への希望との心理的葛藤から、逃避的あるいは攻撃的行動を示すに至っている。

3  一般に刑事施設に拘禁されている者が、拘禁により精神状態が不安定になりやすい事実に加え、原告の如く第一審に加えて控訴審においても死刑判決を宣告された場合には、通常、異常に神経過敏となり、極くささいな刺激によっても精神的安定を損ない易いというべきところ、右2に見た原告の動静及び心情の変化等に照らせば、右1の内容の本件閲読制限部分の閲読を原告に許した場合には、これによって不安定な心理状況を刺激された原告が、自暴自棄となって自殺又は自傷を企図し、あるいはその他の規律違反行為に出るなどの事態が容易に考えられる。また、自殺や発火等の規律違反の手段、方法及び職員の監視の間隙をつく方法等の記述については、原告自身がこれを模倣する現実的なおそれに加えて、右規律違反の方法等の内容が他の在監者に伝播することにより、他の多数・多様な在監者の中にそのような行動に出るものがあることも予想される。したがって、本件閲読制限部分を原告に閲読させた場合には、施設の規律及び秩序の維持上放置し難い程度の障害が生じる相当の蓋然性があったというべきである。

そうすると、被告所長の本件各不許可処分には、裁量権の逸脱又は濫用はなく、本件不許可処分には何らの違法もないというべきである。

二  防御権侵害の処分について

本件閲読制限部分の内容は前記一1のとおりであって、たとえ原告が自己の刑事上告審において死刑を憲法上禁止された残虐な刑罰にあたると主張するにしても、その内容からして必ずしも必要不可欠な資料とは解されず、加えて、弁護人との協議を通じて原告の意とするところを主張することが可能である以上、原告の防御権行使には何らの支障も存しないことが明らかである。

三  監獄法三一条二項は違憲であるとの主張について

監獄法三一条二項は、在監者に対する文書図画の閲読を制限しうる旨を定めるとともに、その制限の具体的な内容を命令に委任し、これを受けて同法施行規則八六条が定められているところ、右委任は、対在監者という一定の関係において、文書図画閲読の制限の内容という一定の事項を委任したものであって、これが国会の立法権を実質的に没却するような無制限な一般的・包括的委任に当たらないことは明白である。

第六  被告らの主張に対する反論

一  被告らの主張一の2について

1  精神科受診の経過

原告に幻聴・幻視などの症状が現れるようになったのは、本件被告事件にかかる強盗殺人等の事件が起きる一年程前からであり、右症状は死刑の求刑や判決を原因として生じたものではない。

右症状が勾留後も続いたため、原告は、死刑求刑の前に一回、その後控訴審の審理中に一回それぞれ精神科の診察を受けた。被告らは、原告が五回にわたり精神科の診察を受けたと主張するが、その内訳は、診察が二回、それに対する回答が二回、医師の指示による脳波の取り直しが一回の合計五回が正しい。また、原告は、「自分の左側の脳に何か異常がある。」等と申し出たことはない。

2  被告らは、原告が、死刑判決の宣告を受けた際に家族と面会して涙を流したり食事もとれないほど激しく動揺したとか、一審の死刑判決後、死刑廃止を訴える団体等と活発に交流し、自ら死刑廃止を強く訴えるとともに、拘置所の処遇についての不満をあらわにするなどの逃避的あるいは攻撃的行動を示していると主張するが、原告は、死刑判決の際に被告ら主張のような動揺を示したことはないし、死刑廃止を訴えることや拘置所の不当な処遇に疑問を呈すること自体は何ら非難されるべきことではない。原告は、死刑問題を深く学習・研究した結果、死刑制度に矛盾があり、その存置の理由が誤っていることを知ったが故に死刑廃止を訴えているのであり、原告の行動は右思想に基づくものであって、死への恐怖からの逃避行動などではない。

3  被告らは、本件閲読制限部分の内容に鑑み、その閲読を原告に許せば、不安定な心理状況を刺激された原告が、自暴自棄となり、自殺あるいは規律違反行為に出るおそれがある、また、本件閲読制限部分の内容が他の収容者に伝播することにより、他の収容者において規律違反行為に出るおそれがある、と主張するが、本件閲読制限部分のうち、被告らの主張一1の①ないし③及び⑤の内容は、原告にとっては概ね既知の事柄であり、④の絞首台及び絞首用ロープの写真も原告は現に雑誌で見て知っているのであるから、本件閲読制限部分の閲読により原告が規律違反等の行為に出ることはありえないし、原告は、独居房にいて他の収容者と会話することは全くできず、原告の信書は全て検閲されているから、規律違反の方法等が原告から他の収容者に伝播することもない。

4  原告が一審の死刑判決を受けてから、すでに五年以上が経過したが、この間を含め九年半に及ぶ全勾留期間を通じて、原告には喧嘩口論、反抗等は勿論のこと、一度の規律違反行為もなく、被告らが主張するような精神不安定、神経過敏、自暴自棄の状態に陥ったことも、自殺・自傷を企図したことも全くない。原告は拘置所における日常を学習、研究、信仰、交流等に活用し、規律正しく、規則を遵守し、真面目かつ穏やかに生活している。このような原告の性向、行状に照らせば、本件各図書の抹消ないし削除の必要はない。

二  被告らの主張二について

被告らは、弁護人との協議を通じて原告の意とするところを主張することが可能である以上、原告の防御権行使には何らの支障も存しないと主張するが、弁護人の立場と刑事裁判における被告人の立場は当然に異なるのであり、原告は一方の当事者として、別個独自の防御を行う権利を保障されているのであるから、被告らの主張は失当である。

理由

一原告が、昭和五七年六月一九日より大阪拘置所に勾留されている本件被告事件の被告人であり、本件被告事件につき一、二審で死刑判決を受けたこと、原告が被告所長に対し本件①ないし③図書を閲読するためその仮出し願いを提出したのに対し、被告所長が本件各不許可処分をしたことは当事者間に争いがない。

二マスメディアが発展し、思想の送り手と受け手が分離してしまった現代社会においては、人が自己の思想及び人格を形成・発展させ、さらに社会的・政治的決断形成に参加するには、その前提として、聴く自由、見る自由、読む自由が確保されている必要がある。それ故、思想・良心の自由の不可侵を定めた憲法一九条、表現の自由を保障した憲法二一条及びすべて国民は個人として尊重される旨を定めた憲法一三条の各規定の趣旨、目的に照らし、図書等の閲読の自由は憲法上の基本的人権として保障されていると解される。しかし、在監関係の存在とその自律性も、憲法一八条、三一条において憲法自体が憲法秩序の構成要素として認めているのであるから、原告のように未決勾留により監獄に拘禁されている者の図書等の閲読の自由についても、逃亡及び罪証隠滅の防止という勾留の目的のためのほか、監獄内の規律及び秩序の維持という目的のためにも制限が加えられることを承認せざるを得ない。もっとも、未決勾留は、逃亡及び罪証隠滅の防止という刑事司法上の目的のために個人の自由を一定の範囲で拘束するものにすぎず、これにより拘禁される者は、右拘禁に伴う制約の範囲外では、原則として一般市民としての自由を保障されるべき者であるから、その者の図書等の閲読の自由を監獄内の規律及び秩序の維持のために制限することが許されるとしても、それは、被拘禁者の性向、行状、当該図書等の内容、監獄内の管理・保安の状況、その他の具体的事情の下において、当該閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置できない程度の障害が生ずる相当の蓋然性のある場合に限られるというべきであり、かつ、その場合においても、右の制限の程度は、右の障害発生防止のために必要かつ合理的な範囲に止まるべきものと解される。したがって、監獄法三一条二項は、在監者に対する文書、図画の閲読の自由に関する制限の具体的内容を命令に委任し、同法施行規則八六条一項は、右委任に基づいてその制限の要件を定めているが、これらの規定は、前記要件及び範囲内でのみ閲読の制限を許す旨を定めたものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五二年(オ)第九二七号・昭和五八年六月二二日大法廷判決参照)。

三そこで、右二説示の見地から、以下、本件各不許可処分の適否について検討する。

1  本件各図書の内容等

<書証番号略>及び検証の結果によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件①図書は、新聞記者である著者が、多数の死刑事件や各国の死刑に関する法制等の分析を通じて我が国における死刑制度を考察し、死刑廃止を訴える内容の書籍であり、そのうち本件閲読制限部分は、絞首台及び絞首用ロープのグラビア写真、死刑囚の死刑執行に至るまでの心情の変化及び執行時の言動、死刑執行の手順、絞首から死に至るまでの経過及び死亡後の死体の状況、絞首刑の死刑執行方法としての特徴などを記述した部分である。

(二)  本件②図書は、元東京・大阪の拘置所長であった著者が、多数の死刑囚の死刑執行に立ち会った体験をもとに死刑囚の生活を物語とした書籍であり、そのうち本件閲読制限部分は、自殺や発火等の具体的な方法、死刑執行の手順及び執行の際の雰囲気などを記述した部分である。

(三)  本件③図書は、刑事法を専攻する大学教授である筆者が、死刑制度の存置論を批判的に考察したうえ、死刑の廃止を強く訴える内容の書籍であり、そのうち本件閲読制限部分は、絞首刑執行時の刑務官の役割、死刑執行の手順、死刑執行直後の被執行者の身体の状況などを記述した部分である。

(四)  原告が、本件被告事件において自己の主張を尽くすには、本件閲読制限部分を閲読する必要があった。

2  本件勾留開始後の原告の動静、心情の変化等

勾留開始後現在まで、原告に規律違反等の処分歴がないことは当事者間に争いがなく、<書証番号略>、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件被告事件一審における死刑の求刑は昭和六〇年一月三〇日に、同判決は昭和六〇年七月二二日に、控訴審の判決は平成元年一〇月一一日になされた。

(二)  原告には、本件被告事件にかかる強盗殺人等の事件を起こす前から、幻聴、幻視の症状が不定期に現れていたものであるところ、原告は、大阪拘置所入監後昭和六〇年四月末ころに至り、同様の症状を覚えた。そこで、原告は、拘置所内の精神科の医師の診察を受け、投薬を受けるようになったところ、しばらくして右症状が消失したので、投薬を受けることを中止した。その後、控訴審の審理中に再度同様の症状が出たため、原告は、同様に医師の診察を受けて投薬を受けたところ、短期間で右症状は無くなり、以後今日まで、原告には医師の診察を受けなければならない程の症状は出ていない。

(三)  原告には、死刑求刑の際にも、一、二審で死刑判決の宣告を受けた際にも、激しい精神的動揺を示すような言動はなかった。

(四)  原告は、一審判決後、死刑廃止を訴える団体や関係者らと信書の発受や面会等を頻繁に行うなどして死刑廃止運動に積極的に取り組むようになった。

(五)  原告は、全勾留期間を通じて自殺・自傷等を企図したことはなく、精神状態は比較的安定しており、拘置所における日常を学習、研究、信仰、交流等に費やすなどして穏やかに過ごしている。

3  本件閲読制限部分の記載事項に関する原告の知識等

本件閲読制限部分の記載事項である、死刑執行の手順や被執行者の執行の状況、絞首から死亡に至る経過等については、世上書籍その他の手段によりすでにその概要につき知識を有している者も少なくないと推察されるところ、<書証番号略>、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、これらの事項について概ね正確な知識を有していたものであり、また、絞首台及び絞首用ロープの写真については、現に雑誌で見ていること、被告所長はその立場上原告が右のような知識・経験を有していることを知り得たこと、原告は独居房に拘禁されており、他の収容者に意思を伝達するには信書によるほかないところ、右信書は全て拘置所の検閲を受けていることが認められる。

4  本件各図書購入の目的等

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、上告趣意書において、死刑が憲法三六条の残虐な刑罰に当たることを主張・論証するため、その資料として使用する目的で本件①ないし③図書を購入ないし差し入れによって取得したこと、右の購入等に際し、原告は、拘置所の教育課長との面接において、右の目的を伝え、右各図書について抹消などしないよう申し入れたことが認められる。

四右三1(一)ないし(三)のとおり、本件閲読制限部分の主な内容は、死刑執行の状況に関する記述であり、一般的には、死刑判決を受けている者がこれを閲読すれば、不安定な精神状態を刺激されて、自傷行為その他の規律違反行為に出る可能性がないとはいえない。

しかしながら、右三1(四)及び三4のとおり、原告は、本件各図書を本件被告事件における主張を尽くすために、その参考資料として閲読しようとしていたのであり、かつ、現に右主張を尽くすためには、本件閲読制限部分を閲読する必要があったのであり、しかも、被告所長としてはそのことを知りまたは知りうべきであったのであるから、これを制限するに際しては、刑事被告人の防御権の保障という観点からの配慮がされるべきで、右権利を損なうような閲読の制限はた易く認められるべきではない。しかるところ、右三3のとおり、本件閲読制限部分のうち、死刑執行の手順や執行の状況等に関する部分は、原告にとっては概ね既知の事柄であったのであるから、改めて右内容に接したとしても、そのことで原告が特別の刺激を受けることはないと考えられるし、右部分中に原告の知らないことや表現において刺激的な部分があるとしても、右三2のとおり、原告は、これまで規律違反行為もなく、拘置所における独居拘禁生活の全期間を比較的安定した精神状態の下に平穏に過ごしてきたのであって、このような原告の性向及び行状に照らせば、原告がそのような部分を閲読したことにより自傷行為等の規律違反行為に出るおそれは低いものと考えられる(ちなみに、原告が死刑廃止運動に積極的に取り組んでいること自体は何ら非難されるべきことではないし、これをもって原告が死への恐怖にかられている証左とみることもできない。)。また、本件閲読制限部分のうち、自殺の方法や発火方法等が具体的に記載されている部分についても、これを一般の在監者に対して閲読させた場合には、自傷行為等の規律違反行為を誘発する一般的な危険性があることは否定しえないところではあるが、右のような原告の性向、行状等に照らすと、原告が右部分を閲読することにより自傷行為等の規律違反行為に出る具体的な危険があるとはいえない。さらに、右三3のとおり、原告が他の在監者に意思を伝達するには信書によるほかないところ、その信書は全て拘置所の検閲を受けているというのであるから、原告から他の在監者に本件閲読制限部分の内容が伝播することにより他の在監者が規律違反行為に出るおそれも極めて低いというほかない。

そうすると、本件における具体的な事情の下においては、本件閲読制限部分の閲読を原告に許したとしても、監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があったとはいえないし、ことに本件は、刑事被告人の防御権の保障という観点からの配慮がされるべき事案であったのであるから、これに充分に配慮することなく右相当の蓋然性があるとした被告所長の判断には合理的な根拠がなく、したがって、本件各不許可処分は、同所長の裁量権の範囲を逸脱した違法な処分となるというべきである。

五被告国の責任

前記三、四で認定説示したところによれば、被告所長には、違法な本件各不許可処分を行うにつき過失があったものと認めるのが相当であり、被告国は、国家賠償法一条一項の規定により、右違法行為により原告が被った損害について賠償義務を負う。

六損害

原告は本件各不許可処分により、違法に閲読の自由を侵害されたものであり、また、<書証番号略>、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件各不許可処分により、本件各図書の内容を上告趣意書に盛り込めず、充分に意を尽くせないままこれを提出せざるを得なかったことが認められる。そうすると、これにより原告の被った精神的苦痛は決して小さくはないものと認められるが、右侵害の程度・内容、ことに本件閲読制限部分は概ね原告にとっては既知の事柄であったことなどの事情を考慮すれば、これを慰謝するには、本件①、②図書の不許可処分にかかる損害については三〇万円を、本件③図書の不許可処分にかかる損害については五万円をもってするのが相当と認める。

七結論

以上によれば、原告の被告所長に対する請求は、理由があるからこれを認容し、また、原告の被告国に対する請求は、三五万円及びうち三〇万円に対する平成二年七月一〇日から、うち五万円に対する同年一〇月三一日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行宣言の申立については相当でないからこれを却下して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松尾政行 裁判官庄司芳男 裁判官森炎)

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